中学生になったころには、すっかり素直な真面目な子になっていて親は安心していました。平々凡々な毎日が、普通の生活になっていました。勉強と、食べることが楽しい毎日でした。勉強と運動の両立ができるはずがない、とか運動神経が鈍いなどと親に小さいころから言われ続けているうちに、自分でもそう思うようになり、運動部に所属するなど夢にも思いませんでした。周りの女の子たちと全然違う体型。外出するときは、いつもオーバーオール。華やぐ友人たちの姿を羨望の眼差しで見てはいても、さほど気にはなりませんでした。別世界のことだと思っていました。食べる楽しさを捨ててまで、きれいになりたいとは思いもしませんでした。そんなある日、突然ソフトボール部に入部したくなり、反対し続ける母を説得しました。が、それでもなお反対する母を無視して勝手に入部したのです。

 

小学4年の非行以来、実に3年ぶりの私の主張でした。放課後、日曜日の過酷な練習、祝日の試合など、生活はいままでに経験したことのない充実した日々に変わりました。何気なく朝、体重を計って、3キロもの減量をしていたときは、思わずうなってしまったほどです。しかし、その生活は長くは続きませんでした。私が14歳のとき、兄が脊髄損傷という大事故にあい、私たち一家全員の生活が一転したからでした。母は兄につき添い、父は仕事で忙しかつたので必然的に私はひとりで生活することになりました。父は私に部活をめるよう強要し、結果的に充実した日々はなくなってしまいましたo 話し声ひとつない独り暮らしは、本当につまらないものでした。外食と出前の日々が続き、それに加えて多大な量のお菓子をただ漠然と食べていましたテレビの音以上に私のお菓子を食べる音は大きく、やはりこの音に安心させられたのでした。食べることが至福の喜びであり、寂しさをマヒさせるのでしたol年後の体重は70キロになっていましたoこの生活は、台湾に移する15歳の夏まで続きましたo